大判例

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札幌高等裁判所 平成元年(う)12号 判決

論旨は,要するに,「…中略…(1)原審で検察官は,冒頭陳述の第二項において,被告人の覚せい剤に対する親和性についてと題して,右起訴事実の余罪に当たる別紙記載①ないし⑨の事実(注)(以下これらを別件事実という。)を詳細に陳述したが,これは別件事実をも審判の対象にしようとする立証方針を示したものであって,「証拠により証明すべき事実」の範囲を明らかに越えており,刑事訴訟法296条に違反する。(2)また,原審は検察官請求の甲第22ないし29号証を取調べているが,右各証拠は余罪である別件事実に関するものであって本件起訴事実とは関係がなく,取調べの必要はなかったのであるから,後記最高裁判決が余罪の証拠調べに当たってみだりに必要な限度を越えるべきでない旨判示している趣旨にかんがみれば,原審がした右証拠調べは,憲法31条,刑事訴訟法317条及び318条に違反する。右(1),(2)の点は,これらの違反がなければ,原判決が別件事実につき不当な予断を持ち,これを実質的に処罰する可能性はなかったのであるから,判決に影響を及ぼしたことが明らかである。そして,右の諸点のほか検察官の論告の内容など原審における審理の経過を検討すると,原審は,証拠調手続の冒頭から結審に至るまで,別件事実を余罪として実質上これを処罰する趣旨で審理した経過があり,このことを前提に原判決を精査すれば,原判決が別件事実を量刑のための一資料としてではなく,余罪として認定し実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し,被告人を重く処罰していることは疑いがない。したがって,原判決は,憲法31条及び39条並びに刑事訴訟法378条3号後段に違反しており(最高裁判所昭和41年7月13日大法廷判決・刑集20巻6号609頁参照),破棄されるべきである。なお,原判決がその(量刑の理由)の項において,被告人が氏名不詳の女性に覚せい剤を譲渡した事実(別件事実中⑨の事実)を認定している点は,被告人の自白のみによっているもので,刑事訴訟法319条2項に違反しており,原判決にはこの点においても判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。」というのである。

そこで,所論にかんがみ,記録を精査して検討するに,先ず,本件起訴にかかる公訴事実の要旨は,被告人が,法定の除外事由がないのに,1 昭和63年9月28日ころ帯広市内の被告人宅において覚せい剤を自己使用し,2 同月29日ころ同所において覚せい剤約4.95グラムを所持したとの2個の訴因であり,原審は右訴因どおりの事実を認定して,被告人に懲役2年の実刑判決を言い渡したこと,その審理の過程において,検察官は,冒頭陳述において,被告人の覚せい剤に対する親和性についてとの標題のもとに,別件事実①ないし⑧について述べ(ただし,「営利の目的をもって譲り渡した」「営利の目的をもって譲り受けた」との箇所はそれぞれ「密売した」「仕入れた」などと表現されている。),ついで,証拠調に入ってから,「被告人の覚せい剤取引への関与状況」との立証趣旨で下田ほか5名の検察官又は司法巡査に対する供述調書謄本6通(検甲22ないし26号証,同28号証)を,「昭和63年6月ころ,被告人方に覚せい剤約50グラムが宅急便で札幌から送られてきた事実及び同年8月15日ころ,被告人方に宅急便で覚せい剤が約100グラム届いた事実」との立証趣旨で野首の検察官に対する供述調書謄本(検甲27号証)を,「昭和63年6月22日,被告人宛てに札幌から宅急便で荷物が届いている事実」との立証趣旨で検察官作成の捜査報告書謄本(検甲29号証)をそれぞれ証拠請求し,原審は弁護人の同意のもとにこれら証拠書類8通を採用して取調べたこと,検察官は,論告中の「第二情状関係」の項において,「更に本件において,公訴事実は覚せい剤の単なる所持,使用ではあるものの,所持量は4.95グラムと大量であり,関係者の供述から明らかなように,その所持形態は営利目的を有していたとの疑いが強く,単なる所持,使用事案の中でも犯情の悪質な類型に当たるものと思料する。情状事実とはいえ,少なくとも4人の者に多数回にわたり覚せい剤を売り捌いていた事実は決して軽視できず,この点は量刑に当たって最大限に考慮していただきたい。」と述べたことが認められる。次に原判決をみるに,原判決中に別件事実①ないし⑧について言及した箇所は全くない。しかし原判決は,その(量刑の理由)の項において,「所持していた覚せい剤の中から氏名不詳の女性に一度譲渡していることが示すように,検挙されなければ,今後,誰かの手に渡るなどして本件の覚せい剤が社会に拡散した可能性も否定できないところであって,所持量自体から見ても被告人の刑責は重いと言わざるをえない。」と説示しており,右説示に出ている「所持していた覚せい剤の中から氏名不詳の女性に一度譲渡していること」とは所論指摘の別件事実⑨に相当するものである。

思うに,検察官が余罪の存在を主張し,これを立証しようとすることは,起訴された公訴事実の審判との間に関連性が認められない以上,許されるべきことではない。しかし,刑事裁判における量刑は,被告人の性格,経歴及び当該犯罪の経緯,動機,目的,態様等すべての事情を考慮して,刑罰の目的,基準に適うよう裁判所が法定刑の範囲内で適切に決定すべきものであるところ,右のような諸事情を明らかにするためには,被告人の生活態度のひとつとして余罪に触れざるを得ないような場合もあり,また,このようにして余罪を単に被告人の性格,経歴及び犯罪の経緯,動機,目的,態様等の情状を推知するための資料として考慮することは,余罪を犯罪事実として認定し,これを実質的に処罰する趣旨で量刑を重くするのとは異なり,必ずしも禁じられるところではないから,検察官において余罪の存在を主張し,これを立証しようとすることがまったく許されないとすることはできない。

本件においても,被告人が本件覚せい剤約4.95グラムを所持するに至った経緯,保管の目的などは,犯情として当然考慮を要する事項であり,これらを推認する資料となり得る被告人の犯行前又は犯行当時の生活状況などは,本件と関連性がないといえるものではなく,前記のごとき原審における検察官の冒頭陳述における主張及び立証活動も,その際に検察官が行った表現についてはその当否を問題にする余地はあるが,結局のところ,別件事実を犯罪事実として認定し,これを実質的に処罰することを裁判所に求める趣旨でなされたのではなく,最近の被告人の生活状況として,被告人と覚せい剤とのかかわりが浅くないことを証拠上明らかにし,検察官なりに本件覚せい剤所持の犯行の経緯,動機,目的などを立証しようとすると同時に,検察官の請求によって原審で取調べられた被告人の捜査官に対する供述調書中のその点に関する被告人の供述内容が信用し難いものであることを検察官なりに根拠づけようとする趣旨でなされたものと理解することができるのである。

そして原審は弁護人の意見を聴いて検察官請求証拠の採否を決定したのであるが,原審での審理に際し,弁護人は検察官の冒頭陳述になんら異議を述べることがなく,また,検察官請求の証拠を証拠とすることに全部同意し,かつその取調べになんら異議を述べることなく応じている(なおその後弁護人は,検察官請求の前記各証拠の大部分につき,その供述者や供述内容を取り上げてその真偽等に関する被告人質問を行った。)のであって,以上によれば,検察官に前記のような冒頭陳述をそのまま行わせ,また前記各証拠の取調べをそのまま実施した原審の措置に所論のような訴訟手続の法令違反があるとすることはできない。いわんや,所論のように,原審が被告人の余罪を処罰する趣旨でこれらの証拠調を実施したと見るのはまったくの臆断に過ぎないというべきである。

また,検察官は,論告で起訴されていない被告人の覚せい剤売り捌きの事実を本件の量刑で最大限考慮することを求めているが,そもそも起訴されていない犯罪事実は,これを被告人の性格,経歴,起訴されている犯罪の経緯,動機,目的,態様等の情状を推知するための資料として考慮するに止めるべきものであり,被告人の刑責の大小を直接決定する程にそれを重視することは許されないのであって,量刑に当たってのこのような基本原則の逸脱を求めたと疑われ兼ねない右論告は,その当否を問題とする余地がある。しかしながら,論告は訴追側の意見に過ぎず,裁判所が無批判にそれを受け容れるものではないから,右論告があったからと言って原判決の量刑態度もそれと同一であると推認することは相当でない。

そして原判決をみるに,原判決は,前記のとおり別件事実①ないし⑧については何ら触れることがなく,ただ量刑理由についての説示中で,別件事実⑨について言及しているのであるが,①ないし⑧の事実については,これを事実としても認定していないことが判文上読みとれるばかりでなく,右⑨の事実についても,これを犯罪事実として認定し,実質上処罰する趣旨で量刑の資料として考慮したのではないことは,前後の文脈に照らして疑いがない。何故なら,この説示部分は,被告人が所持していた覚せい剤が社会に拡散する可能性について述べたものであるが,この可能性を肯定することが不合理でないことの一例として被告人の行状の一端に触れたに過ぎないことが判文上明らかであるからである。さらに,被告人に対する量刑の結果がこの種事案での一般的量刑傾向から見て特段重いものではなく,もしこれら別件事実自体を処罰する考慮が働いていたとしたら恐らく原判決程度の量刑では収まらなかったであろうと考えられることなどにも照らすと,所論にかんがみ検討しても,原判決が別件事実を余罪として認定し,実質上これを処罰する趣旨で本件量刑の資料として考慮したとは到底認めることができない。また,原判決はこのように右⑨の事実を犯罪事実として認定したのではなく,所持していた本件覚せい剤の中からその一部を氏名不詳の女性へ一度譲渡したことのある点を,所持していた覚せい剤が社会に拡散する可能性があったことを推認する一事情として指摘したに過ぎないのであるから,右譲渡の事実を認めるに当たり,被告人の公判廷内外における自白以外に補強証拠を要求されるものではない。したがって,刑事訴訟法319条2項違反の問題は生じない。

以上のとおりであるから,論旨は理由がない。

…以下省略…

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